金融不安の罠

資産規模全米16位のシリコンバレー銀行(SVB)の破綻が発端となった今回の金融不安は、同29位のシグネチャー銀行へと飛び火し破綻、同14位のリパブリックバンクには経営不安が広がり大手行による300億ドルの流動性供給が行われる事態に至った。金融不安は米国だけにとどまらず、かねてから経営不安を噂されていたスイスのクレディスイスにも飛び火、急速な預金流出が生じUBSによる緊急買収へと発展した。先週のSVBに続き、今週はクレディスイスについて見てみよう。

クレディスイスはかつてUBS、SBCとともにスイス3大銀行と呼ばれ、預金総額は年初で8,290億ドルと世界43位、世界の金融システム上で重要な銀行(G-SIBs30行)の一つ。但し、最近はアルケゴスキャピタル(米ファミリーオフィス)への融資失敗、麻薬組織のマネーロンダリングに加え、財務報告で内部管理に問題があると発表するなど経営不安が広がっていた。足元でSVB破綻に伴う金融不安の伝播が懸念される中、筆頭株主であるサウジアラビアの銀行トップの追加出資否定発言が株価の急落を招いた。スイス中銀は500億フラン(≒7兆円)の資金供給策を発表したものの信用不安に歯止めがかからず、スイス政府はUBSによる買収を急遽合意させた。破綻となれば金融市場への衝撃は2008年のリーマンショックを上回る可能性もあり(リーマンの資産規模は当時6,300億ドル)、早期の金融不安解消が必要と判断したと思われるが、短期間での買収決定のため杜撰さも目立つ。買収対象のクレディスイスのB/S査定が十分とは言えず、想定外の損失発生に備え政府保証90億フラン(≒1.2兆円)が用意された。また銀行が財務悪化に備え発行するAT1(Additional Tier 1)債は、今回(発行額160億フラン≒2.2兆円)はスイス金融当局の判断による無価値化に伴い全損となった。その一方で株式は、買収取引の一環として一定割合でUBS株が割り当てられることとなり、まずは株主責任が問われ、次にAT1債、劣後債、普通社債と順番に損失が発生するという市場の常識は通用しなかった。当局説明によればAT1債には「国からの支援があった場合には無価値にする」との契約条項があったとのこと。これを受け世界の債券市場ではAT1債(残高約30兆円と推計)が急落。返済順位は低い代わりにクーポンが高めに設定されるため、機関投資家に加え個人投資家にも人気があったことから、投資家の中には集団訴訟を探る動きもある。

市場を不安定化する金融不安は、毎回新しい金融技術(デリバティブや証券化手法等)に潜む罠にはまるケースが多いが、今回はクレディスイスに端を発するAT1債の罠だろう。今後、AT1債を保有するファンド、投資家におけるリスク再評価に伴う売却の動きが予想される。また新たな発行が困難となれば、自己資本を高めるため銀行にはより高いコストが求められることになる。従来、欧州系の銀行による発行が多く、ECBは今回の措置(無価値化)に対し「最初に株式で損失を吸収した後のみAT1債の評価減が認められるべき」との声明を出した。過去を振り返ると、市場は金融不安が訪れる度に体力の弱った金融機関を探し出し破綻へと追い込む。果たして、今回の不安の連鎖を最終的に食い止める手立ては、何らかの金融ルールの改定、各国政府による暫定施策、巨大資本の動き、或いは時間か

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