イジングマシン(疑似量子コンピューター)の実用例

米グーグル社は2019年に量子コンピューターの開発により、それまでのスーパーコンピューターの能力を凌ぐいわゆる「量子超越」を達成した。量子コンピューターは、演算単位(ビット)を0でも1でもない状態とする量子ビットとし、量子アニーリング(=量子状態の物理量がばらつくことを応用して問題の解を求める方法)により膨大な並列計算を可能とする。因みに2019年にグーグル社が使用した量子コンピューターの処理能力は53量子bitだったが、2021年にIBM社が発表したものは127量子bit、つまり理論上0でも1でもない分岐点を2の127乗(10の約38乗)もつ並列計算が可能となった。

今後、ビジネス面で実用化されれば、AIブームに沸くGPU(画像処理用のCPU(中央演算処理装置)で並列計算が得意)と同様、その活用範囲の拡大が見込まれる。但し、最先端の量子コンピューターを作動させるには、絶対零度(▲273℃)近くの低温環境が必要となるため、すぐに一般のオフィスで使える代物ではない。

一方で量子コンピューターのような機能を通常のPCで疑似的に実現する「イジングマシン」というコンピューターがある。イジングマシンの計算手法は、高温にした金属を緩やかに冷やし構造を安定させる「焼きなまし」の手法を応用して問題の解を求める方法。(図1参照)論理的には磁性を帯びた物質に熱エネルギーを与えた時の動作を熱伝導方程式でシミュレーションすることで、組合せの最適解を求めるもの。但し数学的な数値解を求めるのではなく、アナログな物理実験を想定して解を求めるもので、古典的アニーリングとも呼ばれる。

日本は量子コンピューターの開発では後れを取ったものの、足元でイジングマシンの研究開発は進んでいる。例えばトラック運転手不足に起因する物流問題(2024年問題)を控え、既に一部の輸送関連会社ではイジングマシンが導入されている。大手電機メーカー系の保守サービス会社は2022年に導入、顧客である運送会社のトラック台数と総走行距離の約2割削減に成功した。また大手小売業の物流グループ会社は今年1月から利用を開始、トラック運転手の労働時間短縮と温暖化ガス排出削減を目指す。

イジングマシンは組合わせ最適化問題の解決に特化したものとも言え、グーグル社などが開発する量子コンピューターのように汎用性はないものの、コスト面を含めたビジネス上の優位性から既に実用化段階にある。今後、国内企業による様々な古典的アニーリング技術の開発、活用範囲の拡大を通じ、欧米に先駆けて疑似量子コンピューターを応用した日本経済の成長が期待される。

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