日本企業の中期経営計画

日本企業では中期経営計画(中計)の公表が広く定着しつつあり、3年程度の利益目標を掲げる企業が増えている。2023年度には過去最高となる696社が中計を発表し、経営の透明性向上や投資家との対話促進に寄与している。日本経済新聞が主要上場企業のCFOを対象に実施した調査では、経営視野を「1~6年」とする企業が約8割を占め、「10年以上」とする企業は17%にとどまる。中計の利点は、目標管理の明確化にある。過去実績を基準とし、2~3割程度の成長率を織り込んだ精緻な数値目標を掲げることで、各部署が達成可能と判断できる範囲の努力目標を設定できる。これにより社内のモチベーションを維持し、達成度を指標化して経営を可視化できる。また、投資家や金融機関に対し中期的な収益計画を示すことで、資金調達や企業価値評価にプラスの効果がある。しかし、実績ベースで見ると、中計主導の企業は直近年度の利益成長率が平均18%にとどまる一方、10年以上の長期視点を持つ企業は52%と大きな差が見られる。この背景には、中計の構造的な欠点が存在すると思われる。

<目標達成優先による弊害>

経営は、中期的に達成可能性が見込める程度の目標を設定、それを好調が見込める部署とそうでない部署とに濃淡を付けて広く割り振ることが多い。各部署の目標が達成可能と判断できる水準に調整されるため、当初から諦めてしまうリスクは低いが、挑戦的な仕事や新規事業等に踏み込む余地が狭まる。また目標達成後に翌期のハードルが上がることを恐れ、収益機会を自主的に逃す「逆インセンティブ」も生まれやすい。その結果、安定は確保される一方で低成長に陥りやすい。

<長期的視点の欠如とイノベーション阻害>

中計の期間は短く、多額の設備投資や長期的な社員教育を必要とするような経営戦略が立てにくい。一方、世の中のレジームチェンジに繋がる戦略は、短期的には支出が先行することが多い。たとえばアマゾンは、1994年の創業から数年にわたり積極的な投資を続け、利益よりも成長を優先する戦略をとり8年間赤字が続いた。テスラも量産化や販売の初期段階ではコストがかさみ、利益を出すことが難しく、会社創業から約10年間赤字が続いた。ともに中計前提の企業では承認されにくく、オーナー企業ならではとの見方もできよう。一般的には最新技術の開発に多くのコストがかかる一方、それを商品化して収益化するには3年では足りないことが多い。つまり、中計を前提とする企業体制では、イノベーションは見込みづらく、結果的に小粒な案件が並びやすい。

<中計の見えざるコスト>

中計を作成するためには大量の人的資本と時間が費やされる。各部署のマネージャーは数週間ほどかけて計画書を作成するものの(コストは毎年作成の場合、数週間÷52週×担当人件費となる)、内容は短期的な予算配分を微調整した小規模案件の積み上げに留まることが多い。結果として、企業の成長率は鈍化し、日本にはROE10%前後の「優等生型」企業は多くても、米国の巨大プラットフォーム企業のような飛躍的成長を遂げる企業は少ない。加えて、期中の事業環境変化への対応も遅れがちだ。

総じて、中計は経営の安定性や透明性向上に資する一方、機動力や長期的な挑戦を阻害し、成長余地を抑制する構造的な課題を内包している。今後、日本企業が世界市場で飛躍するためには、実績を参考にした場合、中計の代わりに10年以上の視点を持つ長期戦略を打ち出し、前年の踏襲ではなくリスクを許容した大胆な投資が可能となる経営体制を整える必要があろう。

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