日本の天才達
日本の若年層の懐が寂しくなっている。新卒後10年間の給与の伸び率は1990年に比べ1割強縮小した。社会保障費の負担増で自由に使えるお金が減少、20代独身男性の実質可処分所得は2020年に平均271.6万円と1990年(318.7万円)から社会保険料の負担増の影響で15%減少。国際的にも日本の若年層の経済力は弱く、26~40歳の可処分所得は2.6万ドル(約350万円)と米国5万ドルの6割にも満たない。もちろん足元で進む円安の影響もあるが、主要欧州諸国よりも低い状況にある。原因は日本の賃金が伸び悩んでいるからであり、その背景には日本にGAFAMのような新興の巨大IT企業が存在しないからとも言える。そこでなぜ日本にGAFAMが生まれないのかを考えてみよう。
GAFAMをはじめとするプラットフォーマー企業のトップあるいは創業者はみな天才と呼ばれているが、ほぼ理系大学出身で元プログラマーが多い。代表的な天才であるイーロン・マスク氏は12歳の時に独力で開発したソフトウェアを販売してビジネスをスタートしたそうである。単純に人口対比で考えれば、日本にも米国の3割程度の天才がいても良いはずであり、日本の最高学府とされる東大理系出身者の就職先を調べてみたところ、日立製作所、ソニー、富士通など名だたる優良メーカーが並ぶ。本来であれば、これらの会社から天才的なアイデアに基づく新商品が出てくるはずだが、最近はさっぱり世界的なヒット商品の名は聞かない。それでは日本の天井知らずの理系天才はどこにいるのかということになるが、現代日本では天才は医者になるらしい。確かに日本では高齢化が進み老人医療の需要はうなぎのぼりであり、一方で医療費の7~9割は健康保険組合と国が負担する仕組みのため、医者の収入は将来的にも安定が見込まれる。加えて、ひとたび医者になり開業すれば定年もなく、人生100年時代に向けて万全の職業にも見える。つまり日本のGAFAMの卵は医療界にいると考えられ、第2の北里柴三郎や高峰譲吉を擁した医療関係の新技術やそれを基盤とした新規事業や新会社に注目すべきと思われる。
ただしここで注意したいのは、産業界の優位性は社会環境や国策により簡単に変化するリスクがあることである。例えば、戦後の一時期は産業復興の旗印のもと石炭の生産・販売管理を国が担っていたことから、東大卒の天才たちは挙って炭鉱会社に入社した。その後の炭鉱会社はエネルギー革命の影響から一転厳しい状況になったことはご存じの通り。現代の日本政府はGDPの2.5倍を超える借金を背負いながらも、税金の半分以上を社会福祉関連に割き続ける状態にあることから、財政面からの国策変更リスクも燻る。炭鉱会社ではないが、日本の天才達の無駄遣いだけは避けたいものである。
ところで、筆者の学生時代にも天井知らずの天才と感じた同級生がいた。彼女は地元の国立大理系に進学したが、将来的な理系女子(リケジョ)のキャリアプランに早々と見切りをつけたのか、理系学部卒にもかかわらず司法試験を受験、一発合格、裁判官となった。近年、理系の博士課程修了者がポスドクとなり生活費確保にすら苦労するケースが増えていると聞くが、当時から男女平等の就業環境整備を進めていた法曹界を選択するとは、天才的な心眼を持っていたとも言えよう。仮に今だったら、果たして彼女は女医を目指しただろうか、とふと考えてしまう。
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