自動車のEV化を急ぐ欧米
足元ではエジプトでCOP27が開かれ、地球温暖化対策として脱炭素の推進が叫ばれている。一方でロシアによるウクライナ侵攻の影響もあり、一部の国では化石燃料増産の動きも出ている。この様な中、欧州連合(EU)は2035年にガソリン車など内燃機関車の販売を事実上禁止することで合意、自動車メーカーに電気自動車(EV)化を促す。英国や米カリフォルニア州なども相次いで厳しい規制を打ち出しており「脱ガソリン」は世界的な潮流だ。EUなどの合意ではガソリン車だけでなく日本勢が得意とするハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)も規制の対象としており、HV、PHVを含む内燃機関車はいずれ無くなり、それらを主力商品とする日本の自動車産業は今後10年程度で駆逐されかねない。足元で円安にもかかわらず自動車株の上値が重いのも頷ける。一方で海外メーカーはこの流れをチャンスと捉えEV生産やその重要部品とされる電池生産への資本の集中投下に動く。既に高級EV専業として有名なテスラの7-9月期連結純利益は4,542億円と四半期ベースでトヨタ自動車を上回り、EVの販売台数では中国企業が続く。世界初の量販EVを発売した日産や三菱自工は利益面でも販売台数でも大きく出遅れた形だ。またEVの性能や価格を左右する電池においても、当初テスラに供給していたパナソニックは、今や中国CATL、BYDや韓国LGの後塵を拝す。
自動車産業において世界をリードしていたはずの日本のメーカーが出遅れた理由としては、EVの将来性を見誤ったことが挙げられる。その背景にはエコカーであるHV、PHVおよび燃料電池車(FCV)の生産において既に日本が世界的に有利な位置にいたことに加え、EVの航続距離、充電インフラおよび世界的な電力事情など様々なファクターを考慮した上での判断・戦略だったようだ。実際、現在最も航続距離が長いEVでも約700kmと日本の軽自動車(約1,000km)に届かず、また電池を「ある程度」まで充電するには、急速充電器を使っても約30分とガソリン車の3~5分よりかなり長く不便。さらに大きな問題は電力供給にあり、日本で全ての自動車がEVに置き換わったとすると発電能力を10~15%増強する必要があり、原子力発電所に換算すると10基相当、世界で見ると約200基の増設となる。足元で世界的な電力不足が叫ばれる中、特にエネルギー需給がひっ迫している欧州にとっては非常に厳しい条件に見える。にもかかわらずEUがHV、PHVの販売中止へと舵を切るのには、EVに切り替えることで自動車産業の主導権を取り戻したいとの思惑が垣間見える。現実の電力事情や電池の能力および脱炭素の早期達成を考えた場合、ルートマップとして日系メーカーの唱えるHV、PHV、EVで間をつないで最終的にFCVへとバトンタッチするのが最適解にも見えるが、欧米は今後10年足らずで一気にEVを世界標準にすることを狙い、着々と外堀を埋めてきている。
ここで頭に浮かぶのは1980年代のVHS・ベータ戦争である。当時、テレビの録画方式としてはソニーが開発したベータ方式の方が技術的には優秀で業界標準を確立できると見られていたが、日本ビクター、松下電器を中心としたVHS陣営はその他多数企業を自陣につけ、数の力で業界標準を勝ち取った。これは1990年代の米国大学のMBAカリキュラムでも頻繁に引用された題材だが、現在の自動車業界を見るとまさにEV・HV戦争の様相であり、このままでは欧米中が主導するEVの勝利となろう。当時はVHSもベータも日本が開発した技術で、どちらが勝利しても誇らしいことだったが、今回は日本の自動車業界の命運がかかる。政財界には米国留学でMBAを取得した優秀な人材も多数おり、業界標準の大切さは十分理解しているはず、今後の巻き返しを期待したい。加えてEVにおいて先行したはずの日産や三菱自動車が、なぜテスラになれなかったのかも研究テーマとする必要があろう。
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