米債務上限問題
イエレン財務長官は、連邦政府債務上限に対し講じている資金繰り特別措置が「6月初旬、早ければ6/1にも尽きる」と議会指導部に警告を発した。このまま放置となれば、米政府は支払い能力があるにもかかわらず債務不履行となる「テクニカル・デフォルト」に陥ることになる。市場では警戒感が高まっており、図1に示すように満期が6/1以降となる短期国債の利回りが目立って上昇している。
そもそも債務上限は、政府による借金依存に歯止めを掛けるため、1917年に成立した法に基づく。債務上限を絶対金額で定めており、通常はGDP拡大と共にGDPの一定割合が目処となる政府債務も膨らむため、第2次大戦以降でも上限見直しは100回を超えるなど、上限到達は別段珍しいことではない。
ただし今回は①大型財政支出(コロナ禍)の後であること②保守強硬派の影響力が強い共和党が下院の多数派となる所謂ねじれ議会であること③民主党大統領下での大統領選の前年であることなど、債務上限問題に伴う米国債格下げで市場が混乱した2011年との共通点が多く、議会で合意に至るハードルは高い。因みに2011年は、債務上限引上げ法案が成立した3日後にS&Pが米国債をAAAからAA+に格下げ、これに伴い世界的に株価が下落した一方、格下げとなったにもかかわらず米国債にはリスク回避の買いが集まり、10年金利は約1%急低下した。今回も土壇場で合意に至ると予想する向きが多いが、下院議長マッカーシー氏は共和党内をまとめ切れておらず、一方のバイデン大統領の支持率も低迷しており、仮に先に譲歩すれば共に党内強硬派や支持者から批判を浴びる可能性が高く、チキンレースの様相を呈している。
具体的な解決策としては債務上限の引上げ(2011年採用)、適用停止(2013年、2015年採用)、暫定延長、特例措置などの手法が考えられる。本命は債務上限の引上げだが、政府による1兆ドルのプラチナコイン(超高額貨幣)発行とFRBによる全額引受けという奇策もあるようだ。仮に妥協点に至らず万が一デフォルトとなった場合は、行政サービスが止まる政府閉鎖だけでなく、国債の元利払いが停止することになり、世界の債券市場は大混乱に陥る。過去に債務上限に達したケースでは、国立公園や博物館など市民生活に影響の少ないところから政府サービスが休止となったが、再開が遅れるほど財政コストは膨らむこととなる。因みに2011年のケースでのコスト増は13億ドルとの推計もあるが、今回は米大統領諮問委員会の試算によると、7-9月期に830万人の雇用が失われ失業率は5%上昇、GDP成長率は6.1%の下押しを見込む。影響の大きさは、成長率が8.6%下落したリーマンショック並みとなる。
米国の政府債務はGDP比で122%と日本の同258%のほぼ半分で、英(106%)、仏(111%)並みにとどまり、危機的状況とは言えない。にもかかわらず、債務上限問題が毎回政争の具とされるのは不思議な気もする。一方で、債務上限を撤廃することで際限なく借金を積上げる日本と比較すると、財政の安全装置とワイズスペンディング(賢明な支出)の両方の役割を果たしているとも言え、合理的なイベントのようにも見える。
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