日本の労働生産性低下と「影の仕事」

先日、筆者が特急電車(全席指定)に乗ろうとしたところ、携帯アプリ(Application Software)での座席予約が入らないうちに発車時刻となり、乗車してから予約作業を続けることにした。しばらくアプリを相手に格闘したが上手く行かず、そうこうしているうち車掌が現れ手動で座席予約を入れてくれ、無事着席することができた。帰宅後にニュースを観ていると、予約不能はアプリの不具合によるものと判明、鉄道会社側の問題だったにもかかわらず、筆者は悪戦苦闘の挙句アプリ利用の割引分も逃したことになる。これはデジタル社会において「影の仕事(Shadow Work)」を傾向的にユーザー負担にしていることに起因する。

ところで「影の仕事」とはオーストリアの哲学者イリイチ氏の作った概念で、時間を費やす無報酬で目に見えない仕事の総称で、最近では主に企業が技術を駆使して仕事を顧客に押し付ける事例に当たる。確かに以前は乗客が窓口或いは券売機で特急券を購入、不具合にはその場で係員が対応したが、アプリとなるとダウンロードから決済に係るクレジットカードの紐付けまで乗客自身が設定、対応しなければならない。これはアプリだけでなくOS(Operating System)も同様で、携帯電話やPC(Personal Computer)のOSアップデートもちろんユーザーの仕事である。OS更新の効果として電力消費を効率化したりセキュリティー面の向上が謳われる一方、OS更新には半日かかったり、さらに新OSの起動に時間が長くかかったり、複雑なPW(PassWord)の設定を要求されたり、アプリ更新に伴いPWが無効になったりと、ユーザーにとっては更新というより後退である。加えてPW更新が多くのアプリから求められた結果、複雑化&複数化に伴い覚えきれない状態になる。例えば朝起きて携帯、市場チェックのため情報ベンダー、通勤時に乗車券アプリがチャージ不足なら銀行連携、オフィス入口、PCアクセスと頻繁にPWが必要であり、どれか一つでも忘れると仕事が始まらない。最近は生体認証が増えているものの、仕事スタートに要する起動時間は以前より増加した。

ところで、日本は国民全体の高齢化に伴い一般企業の従業員年齢は高く、社長の平均年齢は60歳。一方で欧米および日本を除くアジア圏の従業員年齢は低く、社長の平均年齢も51歳と若い。足元では社会全体における「影の仕事」は年々増加しているが、一般的に高齢者ほど「影の仕事」に費やす時間は長い。これは高齢化が進行する日本における労働生産性低下の一因と考えられ、一方でデジタル化に消極的なため、結果として日本の2022年世界デジタル競争力ランキングは29位と2018年の22位からランクダウンを続ける。最新鋭のスマホにフィンテックアプリやビジネスソフト、AI(人工知能)が乗るように技術進歩は複合的であり、このままではデジタル化の流れの中で日本は世界の後塵を拝することになる。このような事態解消に向けた根本的な対策は、日本国民を若返らせることになるが、少子高齢化が加速する中では困難だ。但し、足元では生成AIが出現、ついに日本企業も変化せざるを得ない時期が到来したように見える。欧米諸国は生成AIの活用に慎重姿勢だが、日本はデジタル化が遅れ過ぎていたことが却って飛躍に繋がるという、いわゆるリープフロッグ現象(蛙飛び)が現実化するかもしれない。現在の東証プライム市場には米国市場とは異なり老舗企業がひしめくが、今後はデジタル化の急速な進展とともに日本でも米国のGAFAMのような若者が中心となる新興企業の躍進が期待される。そうなると低下基調の労働生産性が一気に改善となる可能性もある。

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