1億総中流の危機
岸田政権は主要政策に新しい資本主義を掲げ、構造的賃上げの実現・分厚い中間層の形成を目指す。かつての日本ではサラリーマン(会社員)はしっかり定年まで働き、雇用の安定を背景に消費意欲は旺盛で「1億総中流」と言われた。但し、足元では「中流崩壊」との言葉もあり、多くの日本人が中流から転落しつつあるようだ。ここで改めて日本国民の経済面の実態を確認してみる。
最近、某大学が実施した社会意識アンケート調査によると、自身の経済階層を「中流」と認識する人の割合が9割を占め、下流は8%、上流は1%となっている。これを見る限り1億総中流は維持されているように見えるが、中流の定義には相対的なものと絶対的なものがある。中流の定義を「日本人の平均値近辺」と相対的なものとすると、日本人全体が貧困化していく過程でも平均近辺の人は相変わらず中流と回答することになる。一方で定義を「正社員、持ち家、自家用車」と絶対的なものとしたアンケート調査では、「中流」は38%に止まり、中流以下は56%、以上は6%と景色は大きく異なる。
以上を踏まえると、日本人の経済面における格差(平均値前後の分散)は引続き小さく、多くは平均値近辺の階層に位置するものの、実質的な所得は減少、消費に回すお金の余裕は無くなっているというのが実態のようだ。厚労省の就業形態調査によると、民間企業社員のうち正社員の割合は1990年には約80%だったが、足元では約60%へと低下、背景には女性&高齢者の就業参加率の高まりがあるものの、所得伸び悩みの要因のひとつだろう。
一方で絶対的な見方の場合は、所得に対する物価水準をチェックする必要がある。現金給与総額のうち、所定内給与と消費者物価指数(CPI)の推移を示したのが図1。この期間は失われた30年と称されるデフレ環境下だが、CPIは約1.2倍と相応に上昇している。一方で給与額は1997年に記録した最高値から大きく減少、バブル時(1990年)とほぼ変わらない。つまりこの30年間で所得が横ばいなのに対して物価は2割高となり、生活は苦しくなっている。その上で可処分所得に目を当てると、さらに状況は悪化する。1990年当時の社会保険料は約9%だが現在は約16%まで上昇、所得税と地方税を計20%で不変としても、可処分所得から見た物価は3割高となる。さらに会社役員の年収は1億円超えも珍しくはなくなり、バブル期に対し現在は相応に上昇した結果、現金給与総額の最頻値(一番多い金額帯)は平均値を下回ると思われる。一般サラリーマンにとって、持ち家や自家用車が遠のくわけである。
国内での生活が苦しくなった日本人だが、海外に行くと状況はさらに悪化する。米国と欧州のCPI推移を見ると、米国は1990年対比2.4倍、欧州は通貨ユーロのスタート時1999年対比で1.7倍、円換算すると米欧共に約2.6倍に達する。一方で日本人の可処分所得はこの間で0.9倍であり、実質2.9倍となり購買力は1/3程度に低下したことになる。
足元では、岸田首相は賃金引上げを推奨、植田日銀総裁は物価上昇を上回る賃金上昇を政策目標に掲げる。この先、日本国民の絶対的な中流意識の復活を期待したい。
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