イグノーベル賞
文科省傘下の科学技術・学術政策研究所が世界各国の科学技術分野における活動実態を調べた「科学技術指標2024」によると、注目度の高い論文の引用回数で、日本は昨年来12位のイランに続く13位へと順位を下げた。科学技術発展の遅れは、そのままイノベーションの欠如へと繋がり、日本発の新商品、新技術は昔に比べ減少している印象。一方でユニークな研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」の今年の受賞者には、哺乳類がお尻で呼吸できることを発見した東京医科歯科大学の武部教授のチームが選ばれ、日本人の受賞は18年連続。同研究チームは、肺による呼吸が困難な状態になった豚などの動物に、高濃度の酸素を含む特殊な液体をお尻から腸に送り込む実験を行った。その結果、どの動物も血液中の酸素が大幅に増え、特に豚では呼吸不全の症状が改善することが確認できたと発表。ノーベル賞のパロディ的な位置づけではあるが、高度な専門性と風変わりなテーマが求められており、イノベーションと無縁というわけでもない。表1は過去の日本人によるイグ・ノーベル賞受賞履歴から一部抜粋したもの。
こうして見ると、自然科学の研究として高度な内容が含まれるとともに、自由な発想とユーモア度も絶妙である。今年の受賞チームの武部教授はそもそもはヒトのiPS細胞研究の第一人者で、肝臓やすい臓など複数の臓器を作り出すことに成功している。こうした臓器や組織の一部を再現した試験管中の細胞のかたまりは「オルガノイド」と呼ばれ、さまざまな病気の仕組みの解明や薬の候補となる物質の効用を確かめる研究などに役立つ。今回受賞した研究成果も、コロナウィルス感染などで人工呼吸器を使うのが難しい患者への新たな治療法として実用化に向けた研究が進められており、武部教授が創業したベンチャー企業などにより臨床試験も始まっている。
ところで現在の日本における研究開発環境の問題点は、長年にわたる官民の研究開発予算の削減による基礎研究の弱体化とともに、応用研究において高い収益性と早期の実用化が求められるなど研究開発の自由度が低下したことが挙げられる。つまり基礎研究より既存技術の応用や実現性の高い小粒な研究開発に注力せざるを得ない状況にある。加えてポスドク問題など修士・博士号取得者の処遇が海外に比べて悪く、優秀な学生の進学意欲が低下、そのため国内の優秀な研究者は減少している。新しい研究への探求心も低下、大学の研究室はひたすら学会での発表論文数を競う傾向にある。
武部教授は、これまでの自身の研究や取組みについて、「基本的に『人と違うことしか考えない』ことを意識。世界を変える発見は普通と違う着想から出てくると思うので、ほかの人からはふざけていると思われるようなことにも挑戦できる環境が大事」と話している。今後の日本において、イグ・ノーベル賞を受賞するような人材が存在しているうちに、研究開発環境をそのように改善できれば、日本が再び技術大国となる日が来るかもしれない。
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