命の回数券

還暦を過ぎると、体のそこかしこに不具合が発生してくる。重篤な事態へと繋がるかもとの猜疑心から医者に行くと、何らかの治療や薬を処方してくれるかと思いきや「老化現象」として一刀両断されることが多い。そこで、この治癒できない老化の仕組みについて考えてみる。

一般的に細胞の成長や分裂は予め細胞自体にプログラムされており、例えば人間の手が胎内で出来る時には、当初丸い細胞の塊が指と指の間の細胞が分裂することで手の形になるそうである。つまり生まれた瞬間から細胞の分裂(或いは死)がスタートしており、年齢と共に徐々に人体全体の細胞が死滅していくと考えられる。一方で細胞は分裂しても再生することで元に戻る能力も有しており、この再生に向けた設計図が染色体DNAである。子供の頃はこの細胞の再生能力が高く、軽い怪我であれば比較的短期間で元の状態にまで治癒するケースも多いが、年齢を重ねると治りづらくなり傷跡も残り易い。原因としては、以前は細胞分裂でDNAのコピーを重ねるとコピーミスが発生、分裂できない細胞や悪性の細胞などに置き換わることで老化或いは病気になると考えられてきた。ところが最近、この細胞の再生回数にそもそも限りがあることが分かってきた。生物の遺伝情報が収納されている染色体DNAの両端部分はテロメアと呼ばれ、染色体を保護する役割を担っている。このテロメアは細胞が分裂するたびに少しずつ短くなり、それに伴って細胞分裂の回数が減り、やがて分裂できなくなる。これが細胞の老化現象とされる。分裂できなくなった老化細胞からは各種シグナルが発出され、これが糖尿病や心臓、脳など全身の様々な病気の原因と考えられ、医学系大学では糖尿病やがん治療法として、炎症原因を出す老化細胞を除去するワクチンの開発が進められている。  

さて、通常テロメアの再生回数は生涯で60~70回とされているので、我々は細胞単位で見ると60~70回程度の延命の回数券を持っていることになる。使い果たすと老化細胞が増え、結果として体全体で老化が進行する。以上を踏まえると、この回数券をできるだけ温存するのが良い対処方法に思える。そう言えば、ハードなトレーニングをする運動選手の寿命はやや短いように思え、筆者は激しい運動で細胞を痛めつけることを避け、楽なストレッチ運動に止めている。ただ、これは単なる素人考えのようで、テロメア研究で2009年にノーベル生理学・医学賞を受賞したブラックバーン博士らによると、「心理ストレスに晒されてないか」「睡眠は十分か」「適度に運動しているか」「健全な食事か」などが大切らしい。この研究によると、睡眠を毎日7時間以上とっている高齢者は中年と比べ、また過去10年間に運動習慣のある人はそうでない人と比べ、テロメアが長くなるようだ。特に強調しているのがストレスとの関係で、ストレス回避のため瞑想するグループはテロメアが相応に伸びるという研究成果を紹介している。結局、医者にも言われた通り、適度な運動や適切な食生活、良質な睡眠、ストレスを溜めないことが健康・長寿の秘訣のようだ。

ところで長寿といっても、私たち人間は生きるために、常に酸素とブドウ糖を採取して燃やす(酸化現象)ため、細胞は酸化による老化を避けられず、120歳を越えることは困難とされる。一方で細胞分裂の失敗作として生まれるがん細胞は、多くが回数券から解放されて何回分裂してもテロメアは短くならないらしい。つまり、がん細胞により形成された知的生物が存在すれば、理屈上は不老不死となるようだ。仮に今後60年以内に、人間の意識の生命体間の移行が可能となれば、筆者の意識をがん細胞生命体へ移行することで、筆者は不老不死になれるのかもしれない。

0コメント

  • 1000 / 1000